覚せい剤事件のおとり捜査

2019-06-05

覚せい剤事件のおとり捜査

~ケース~

東京都八王子市在住のAさんは、覚せい剤取締法違反の疑いで警視庁八王子警察署逮捕されました。
その後、勾留により10日間拘束されたあと、覚せい剤取締法違反で起訴されてしまいました。
しかし、Aさんは警察による捜査がおとり捜査であって違法であったと主張しています。
というのも,Aさんは覚せい剤のいわゆる「売人」をしており,覚せい剤の取引に赴いたところ,取引相手は警察官であり覚せい剤取締法違反の疑いで現行犯逮捕されたという経緯があるからです。
(フィクションです)

~おとり捜査~

麻薬取締法第58条やあへん法第45条では、麻薬取締官などが麻薬やあへんに関する犯罪を捜査するにあたり,厚生大臣の許可を受けて,同法の禁止規定に関係なく麻薬やあへんなどを譲り受けることができる旨規定されています。
なお,この規定は麻薬取締官などにのみ譲る受けることが認められ,警察官は譲り受けることが認められていません。
銃刀法では警察官に銃器等の譲受を認める規定,公営競技に関連する法律ではノミ行為の情報収集のために「ノミ屋の客になることができる」という規定があります。
これらの規定は,捜査の中で犯罪組織などに身分を隠して近付いた場合に,違法行為を勧められることがあり,下手に断ると職業身分が露見しかねないよう場合に,自己の安全と捜査のために違法行為をしたとしても,捜査員が罪に問われないようにするためにあります。
すなわち,これらの規定はおとり捜査を一般的に許容しているわけではなく,これらの規定を根拠におとり捜査を行うことはできません。
逆に,これらの規定がないからといっておとり捜査が一般的に許容されないというわけでもありません。
なお,おとり捜査に関する規定は麻薬取締法およびあへん法にのみ規定があり,覚せい剤取締法および大麻取締法にはおとり捜査に関する明示の規定はありません。

おとり捜査は学説上,大きくわけて以下の2つの類型にわけることができます。
一つ目は,犯罪意思のない者に対して,働きかけによって犯意を生じさせ,犯行におよんだところを検挙する犯意誘発型と呼ばれるものです。
二つ目は,既に犯意を有している者に対して,その犯意が現実化および対外的行動化する機会(犯行の機会)を与えるだけの働きかけを行った結果,犯行に及んだところを検挙する機会提供型と呼ばれるものです。

犯意誘発型の場合,もともと,犯罪を行わなかったであろう者に対し国家(捜査機関)が干渉し,犯罪行為を行わせるものであり,まさに国家が犯罪を作り出すものであるから許されないと考えられています。
機会提供型については,最高裁判所昭和28年3月5日決定(刑集7巻3号482頁)がおとり捜査は,これによって犯意を誘発された者の犯罪構成要件該当性,責任制又は違法性を阻却するものではなく,公訴提起の手続きに違反し又は公訴権を消滅させるものではないと判示しています。
この事案はいわゆる機会提供型のおとり捜査であったため,機会提供型については捜査の違法はないと解されてきたといえるでしょう。

その後,「おとり捜査は,捜査機関又はその依頼を受けた捜査協力者が,その身分や意図を相手方に秘して犯罪を実行するように働き掛け,相手方がこれに応じて犯罪の実行に出たところで現行犯逮捕等により検挙するものであるが,少なくとも,直接の被害者がいない薬物犯罪等の捜査において,通常の捜査方法のみでは当該犯罪の摘発が困難である場合に,機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者を対象におとり捜査を行うことは,刑事訴訟法197条1項に基づく任意捜査(執筆者注:令状がなくとも行うことができる捜査)として許容されるものと解すべき」と判示されました(最高裁判所平成16年7月12日決定刑集58巻5号333頁)。

この判決によると,①直接の被害者がいない薬物犯罪等の捜査において,②通常の捜査方法のみでは当該犯罪の摘発が困難であり,③機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者を対象に行う,という3つの要件を満たす場合には任意捜査として許容されることになります。
これらの要件を満たさない場合には,強制捜査として直ちに違法捜査となるわけではありませんが,おとり捜査の適法性は厳しく審査されることになるでしょう。
次回は具体的な事件の内容からAさんに対するおとり捜査が許容されるものであるのかを解説していきたいと思います。

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